患者が行く! 研究室訪問「バイオ人工膵島移植の実現に向けて」福岡大学 小玉正太先生

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日本IDDMネットワークでは、日ごろ寄付としていただくご支援がどのように研究現場で活かされ、進められているのかを患者・家族や寄付者の皆さまに知っていただくために、研究助成を行った研究者の「研究室訪問」を実施しています。
今回は福岡大学基盤研究機関 再生医学研究所の小玉正太所長の研究室を訪問しましたので、その様子をご報告します。
当日は、参加者8名と日本IDDMネットワークからは内野麻里子が参加しました。

小玉先生のご挨拶


研究説明の概略


1.研究テーマ:バイオ人工膵島

バイオ人工膵島とは、特殊なカプセルで包まれたブタの膵島(膵島とは、膵臓の中にあるインスリンを作る細胞の塊)のことです。
臓器移植は臓器提供する人(ドナー)と移植を受ける人(レシピエント)が揃って初めて可能となりますが、日本は世界的に見てドナーが少なく、「移植を必要とするレシピエントに対し臓器が圧倒的に足りない」という課題があります。この課題を解決する方法として、ブタを使ったバイオ人工膵島移植が注目されています。
通常の膵島移植ではヒトの膵島を活用しますが、バイオ人工膵島はブタの膵島を活用します。ブタは、①ヒトのインスリンと分子構造があまり変わらない②量産が可能などの理由により選択されることが多い動物です。胎児あるいは生まれてすぐの子ブタから膵島を摘出してカプセルに入れて、バイオ人工膵島は作られます。
私たちの研究は、日本IDDMネットワークからのご支援を受け、1型糖尿病根治に向けた「バイオ人工膵島移植プロジェクト」において、移植技術など「バイオ人工膵島の開発」を担当しています(図1)。

(図1)バイオ人工膵島プロジェクトの全体像

2.バイオ人工膵島移植における課題:感染症と拒絶反応

バイオ人工膵島移植は、動物の細胞や臓器をヒトに移植する「異種移植」であり、「異種移植」には移植に伴う「感染症」やヒトの免疫作用による「拒絶反応」という課題があります。私たちはこれらを解決する研究を行っています。

(1)感染症

ブタとヒトには共通の感染症がいくつかあり、最も大きな課題とされているものは、ブタ内在性レトロウイルス(Porcine Endogenous RetroVirus:以下、PERV)です。PERVはブタの遺伝子情報の中にあるレトロウイルスで、多くのブタが持っているとされています。
ブタの細胞を人に移植した際にこのウイルスが感染するのではないかと懸念されていましたが、海外の症例で人に感染したことがないとの報告から、2016年に国でも「異種移植」を認可するようになりました。
近年の研究でレトロウイルスをブタから除去できることはわかりましたが、完全に除去することはハードルが高く、私たちは、まずはPERVの有無に関わらず膵島移植を実施し、その次の段階としてPERVを除去した膵島を移植する、という2段階で進めていくことを考えています。

(2)拒絶反応

ブタの膵島をヒトに移植する際には、人の自然免疫とブタの抗原が反応する「超急性拒絶反応」が起こるといわれており、大きな課題となっています。これら拒絶反応が起きにくいようにするために、私たちはカプセルに入れて包む方法が最も可能性が高いと考えています。
現在はアルギン酸→PLO(ポリエルオルニチン)→アルギン酸の3層をもったカプセルにブタ膵島を包み込んだバイオ人工膵島を使っています。このカプセルは酸素や栄養素、インスリンを通過させ、炎症性物質を通過させないため、拒絶反応を抑えることができます(図2)。

(図2)バイオ人工膵島とその構造

3.バイオ人工膵島の海外事例

バイオ人工膵島は細胞加工品の一つであり、製薬メーカーの薬と同様に売ることができます。そのため、海外で作られたバイオ人工膵島が細胞加工品として日本にはいってくるという可能性もあります。その場合は、日本で治験が行われることになります。
2019年1月現在、様々な国で開発が進められていますが、臨床試験を完了し製品化した国はありません。あともう少しという国はあります。
海外の薬剤は早い段階から治験を開始するアプローチでスピード感がありますが、副作用が出たら話がとまるなど継続性がないものが多いです。一方で、日本は、責任感を持って最後まで仕上げるという日本独特の文化的な特徴があります。個人的な意見ですが、バイオ人工膵島も、まずは合格点レベルのものを第一世代として提供して、改変していくということになるのではないかと思います。

4.バイオ人工膵島移植の対象患者

バイオ人工膵島移植のことを話す前に、現在すでに行われている同種(ヒトからヒト)膵島移植の対象患者についてお話しさせていただくと、同種膵島移植は、無自覚の低血糖発作が起こるところではじめてでてくるオプションです。その為、インスリン分泌が残っている方は、低血糖の自覚があるので対象にはなりません。
あわせて、対象者は情緒や生活が安定している方が望ましいと考えています。手術を行うと血糖値が乱高下するリスクがあるからです。例えば思春期等は徹夜や恋愛等の要因で血糖値が安定しないことが多くリスクがあります。また、免疫抑制剤に関しては、妊娠中の安全性が確立していない可能性を考慮して、子どもが欲しい方には使用ができません。その為、同種膵島移植では現実的に45歳以上の患者が多いです。
バイオ人工膵島移植の対象者については、はじめは、同種膵島移植の適応からも、インスリンが枯渇した45歳以上の患者で情緒や生活が安定している方が望ましいと思われます。ただし、バイオ人工膵島移植に関しての適応年齢の決定は今後の課題とお考えください。
今後は、成果を出し、1型糖尿病のお子さんで思春期前にインスリンが枯渇してしまう患者やインスリン補充療法を行う2型糖尿病患者の皆さんにも広げていけるようにしたいと考えています。

5.今後の展望

バイオ人工膵島の臨床試験が始まるのは、海外のものは2022年~2024年頃ではないでしょうか?国産のバイオ人工膵島は2025年には提供していきたいです。
インスリンができた歴史を辿ると、まずはブタのインスリンを提供しその後、遺伝子改変してヒト型のインスリンを提供するというプロセスをとってきました。バイオ人工膵島にまだ課題は様々ありますが、提供できるものから早く患者に提供していくことが重要であると考えています。

質疑応答


参加者:バイオ人工膵島移植を受けた場合の月々の医療費はどうなるでしょうか?
小玉先生:基本的に免疫抑制剤は不要になります。海外の治験、臨床試験のデータから、インスリンの単位数は少なくなりますが、完全にインスリンフリー(不要)になることは難しいと考えています。具体的な数字はまだわかりませんが、医療費は抑えられるのではないかと思います。

参加者:1型糖尿病の治療と根治にむけて、バイオ人工膵島移植が標準治療になっていく可能性は?
小玉先生:標準治療というよりも、患者にとって治療の選択肢が広がる、ととらえていただいた方が良いと思います。

編集後記


本記事執筆を担当することで、技術的・プロセス的な課題は残っているものの、1型糖尿病の治療と根治に向けた医療研究は日進月歩であることが分かりました。
私は20歳の時に1型糖尿病を発症し、食前及び就寝前にインスリン注射を行っています。現在の年齢や症状から、バイオ人工膵島移植が実現された時、それを視野に入れ人生を考えられることを認識しました。その時の懸念点は「バイオ人工膵島移植の対象患者」であると考えています。移植対象患者は精神的に安定していることが求められますが、移植が実現された時、果たして自分の肉体・精神は移植を受ける準備が整っているだろうか?と自問しました。
先生方が医療研究の発展に尽力いただいている間に、自分には患者としてまだできることがあると感じました。研究の発展状況を把握しながら、自らの症状と向き合い、精神的な安定のために必要なものを整理していきたいと、気持ちを新たにしました。

(光武 慧)

 

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