【Working Life with IDDM】 vol.12 2つの疾患と調和を図る毎日で得たたくさんの糧

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100日を超える入院治療から何とか退院はできたものの、体力が大きく落ち込んでいたため1か月間は自宅療養となりました。リハビリで近所を散歩しても最初は高齢者に追い越されるような状態でしたが、徐々に歩けるようになったので年明けから職場復帰しました。復帰といっても特に仕事のテーマはなく、朝会社に来てデスクに夕方まで座り定時になったら帰宅するというリハビリ出勤でした。会社が自宅から通勤できる大阪勤務にしてくれたのは有難かったです。(photo by kohlmann.sascha)

 

がん治療後の生活で大きく変わった食事事情

入院前の説明で、「放射線治療を受けると唾液が出なくなり味覚も失われるので、食事は味のわからないものを水で流し込むようになる」 と言われていました。実際には、唾液が出ないのはそのとおりでしたが、味覚は幸いにも失われませんでした。ただ舌が刺激に弱くなり強い香辛料が苦手になりました。

また喉が狭くなり柔軟性も低下したため、一度にたくさんの食べ物を飲み込めなくなりました。水分を吸う食べ物は口に入れるとわずかにあった水分を吸われてしまい全く飲み込めません。たとえば、大好きだった白米も水分を吸うのでお茶や味噌汁で流し込んで食べるしかなく、じっくり味わうことができなくなりました。飲み込むのに時間がかかる上に、一度に少ししか飲み込めないので食事の時間がとても長くかかるようになりました。

職場で同僚と昼食に行っても、夕食を家族と食べても、いつも私一人が最後まで残ります。

水分の少ない食事はとても食べにくくなりましたが、妻がすべての料理にとろみや汁気を加える工夫してくれているのでとても助かっているとともに心底感謝しています。食事の量が減ったおかげで糖尿病につきもののカロリーや糖質に気をつける必要は特になくなり、体重も増えずBMIは22くらいを維持しています。

 

治療後遺症から自力でたどり着いた相棒は、「カフェオレ飲料」

食事のときの嚥下補助に一番効果があるのは炭酸飲料です。炭酸が一時的に喉を広げてくれるようで、水よりも飲みこみやすいのです。元々ビールが好きでしたので、今でも食事のときにはビール系飲料を欠かせません。昼間はさすがにビールを飲めませんからペットボトルの水やお茶を携行していましたが、水やお茶は飲んだ時は潤ってもすぐに喉が乾いてしまいます。いろいろ試した結果、最もよかったのはカフェオレでした。含まれている乳成分と糖分が喉の潤い持続には効果的なのです。糖尿病を持つ身には糖分はいけないように思われますが、低血糖防止にもなりますし、何より放っておくとすぐに喉がカラカラになる苦痛から解放されるにはこれしかないのです。今でも某メーカーのカフェオレの500mlボトルを年間300本くらい消費しています。

放射線治療の後遺症は唾液不足にとどまらず、顎・頸の痛みや歯の劣化もあります。

唾液が出ないので歯磨きには多くの時間と手間をかけているにも関わらず、次々と歯の先が欠けていきました。最初は常用しているカフェオレの糖分が原因と思いましたが、歯科医によると放射線の影響だとのことです。最近は歯の補修も簡単にできるようになったので大きな問題ではありませんが、歯医者に行く回数が増えました。

退院後に糖尿病の主治医を探したところ、私が大学病院に入院する少し前に開設した糖尿病専門のクリニックが最寄り駅前に見つかりました。医院の名称にも糖尿病の文字が入ったそのクリニックは、医師もスタッフも明るく対応してくれるだけでなく、最新の血糖測定器を貸与してくれたり、新しいインスリン製剤をいち早く取り入れてくれたりで、これまでにかかったどの病院・医院よりも優れていました。

私が通うようになってから、1型糖尿病患者の患者会を立ち上げ、今では主治医やスタッフと友だち付き合いのような親しい関係になっています。おかげで私のHbA1cは6%台前半の数値でずっと推移しています。

 

気が付けばいつしか、「出張の達人」 として復活。安定した治療生活へ

仕事の方はリハビリ勤務から徐々に拡大して、3月には東京出張にも行きました。

その後体力も順調に回復し、退院の翌年には海外出張にも行くことができました。東京や岡山への国内出張も増え、気が付けば以前の 「出張の達人」 が復活していました。現在治療から6年が経過しましたが、がんの転移も再発もなく過ごせています。これも妻、会社、大学病院やクリニックの皆さま、友人のおかげだと感謝しています。

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