【Working Life with IDDM】 vol.10 新しい環境がもたらした充実感の日々、突如訪れたもう一つの試練

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海外生活でもっとも心を配った、思春期の子どもたちのこと

ヒューストンでの生活は、自分のことは二の次で家族、特に二人の息子たちの生活を何とか前向きに進めることに精力の大半を注ぎました。日本の小-中-高6-3-3制と違い、現地では5-3-4制で、そのため日本で中学3年生だった長男はいきなり高校生になりました。現地の高校は日本の大学のようで、ホームルームはなく一人ひとりが別々の学習プログラムを持ち、所定の単位を取ったら進学というものでした。(写真は、NASAにて撮ったもの)

当然ながら資料も説明もすべて英語でしたので妻や息子にすべてを任せられず、私自身が何度も学校へ行って学年カウンセラーと面談してプログラム(時間割)の見直しなどを話し合いました。次男は Junior High school の2年生から始まりましたが、数学は日本の小学生レベルなので楽勝と思ったら、昔の電話帳ほどの厚みと大きさがあるテキサスの歴史という社会科の教科書が使われ、こちらもサポートする必要がありました。次男はスクールバスで通学していましたが、長男は自宅がスクールバスのルートから外れていたため車で送り迎えしていましたので、普段は私が朝送り、帰宅時は妻が迎えていました。

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(Junior High school の教科書)

現地は朝7時20分から1時限が始まりましたので、冬は早朝の真っ暗な中を、長男を送り届ける日々でした。家庭生活でも、庭の手入れや電気、ガス、水道、電話、ネット、防犯セキュリティなどの手配をすべて私一人で行いました。本業の仕事は、米国での最先端の研究開発情報を集めて日本へ発信することが役割でしたので、全米各地で開催される学会や展示会などのイベントに参加することが多く、数日の米国内出張を繰り返す日々でした。国内といっても広いアメリカですので、移動だけで一日かかることがほとんどで、数日間の行事に参加すると一週間自宅を離れることも珍しくありませんでした。

 

意外に順調な糖尿病管理。しかし、現地で思わぬ低血糖に

糖尿病の管理に関しては、注射針を毎回交換せず数回使うことで針の消費を抑えた以外は日本にいるときとほとんど変わらない管理状況で、HbA1cも7%前後を維持できていました。現地の食事は量も糖質も多くたいへんと思っていましたが、住んでいる地区にも日本料理、中華料理、ベトナム料理、タイ料理などのアジア料理店があり、ダウンタウンでは日本食材が手に入りましたので、それほど苦労することはありませんでした。もちろん妻が料理に気を使ってくれたおかげですが。

アメリカ南部は肥満傾向の人が多く、糖分や脂質を抑えたさまざまなダイエット食品がスーパーにはあふれていましたが、飲食の量を減らさないので効果はあまりないように思いました。今考えると唯一、糖尿病管理で危なかったのは、毎週土曜日の日本語補習校での授業後に子どもたちにソフトボールを教えていた帰途で車を運転中にすごく気分が悪くなったことです。

低血糖だったと思います。真夏のヒューストンは気温が40℃を超えるので想定以上にインスリンの効きが良くなり血糖値が下がったのでしょう。車の運転はオートクルーズ装置を用いたので何とか自宅に辿り着きましたが、危なかったです。ちなみにこのとき一緒にソフトボールを教えていた保護者の中に宇宙飛行士の古川聡さんがおられました。私を含む他のお父さんが休み休みグラウンドに出る中、ほとんど休まずに炎天下を走り回る古川さんの驚異的な体力には本当に驚かされました。

※インスリン療法中の患者の皆さんは、運転前に血糖値を確認することをおすすめします。

 

環境の変化を楽しめるほどになった頃に訪れた、新たな試練

メキシコ湾に面したテキサス南部にあるヒューストンはハリケーンに何度か襲われました。ハリケーンは日本の台風よりも威力が強く、直撃すると街の機能が停止します。私の住んでいたときにはハリケーンIKE(アイク)がヒューストンを直撃しました。市内全域に避難勧告が発令され、家族を連れて州都のAustin(オースティン)まで避難しました。約一週間の避難先でのホテル住まいの後に自宅のある町へ戻ると、信号は落ち、庭の木や塀が根こそぎ倒れていましたが、家族全員が無事に危機を乗り切れたのは何よりでした。

(ハリケーンの後片付けの様子)
(ハリケーンの後片付けの様子)

その後は日本とは違う雰囲気での本場のハロウィーンやクリスマスなどを楽しみながら1年の時間が過ぎ、夏休みとなって初めての一時帰国となりました。家族全員で久しぶりの日本を満喫するはずでしたが、このとき私自身が、予想もしなかった深刻な事態に見舞われてしまいました。癌と診断されたのです。

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