ご自身も1型糖尿病であり歯科医としてご活躍中の「くりはら歯科医院」院長の栗原幹直先生に、歯周病について毎月1回、全14回の定期連載をしていただけることになりました。
歯周病や糖尿病との関係についてより深く知り、予防をしていきましょう。
12月から全14回の連載をお楽しみに!
はじめに
歯周病は、糖尿病の6番目の合併症と言われています。しかし、糖尿病の主治医や糖尿病教室で糖尿病性網膜症や糖尿病性腎症などは聞いたことがあると思いますが、歯周病について詳しくは聞いたことがないのではないでしょうか。これから、歯周病の説明から全身への影響、そして最新治療まで14回にわたり毎月連載します。少しでも参考となれば嬉しいです。
※糖尿病の合併症は、下記の5つがよく知られています。
1.糖尿病網膜症
2.糖尿病腎症
3.糖尿病神経障害
4.動脈硬化性疾患
5.糖尿病足病変
歯周病ってどんな病気?
歯周病は、歯と歯肉の間にある浅い溝(歯肉溝)に、歯周病細菌が感染して発症する感染症です。歯周病には大別して、進行が歯肉に留まっている歯肉炎と、歯を支えている歯槽骨まで達した歯周炎があります(図1)。
30歳以上の約8割の人に歯周病(歯肉炎、歯周炎)があり1)、生活習慣病もしくは国民病とさえ言われています。また、歯周病は歯を失う原因の第1位でもあります。一方、歯周炎の中には、1000人に数人の割合で比較的若年で発症し、歯周組織(歯槽骨、セメント質、歯根膜、歯肉)が急速に破壊されるものがあり、侵襲性歯周炎と呼ばれています。若年発症の1型糖尿病のように侵襲性歯周炎も生活習慣とは関係なく若年で発症します。そのため、若い人でも歯周病に注意する必要があります。
1) 日本歯周病学会編 歯周病の診断と治療の指針2007 医歯薬出版:1, 2007
歯周病は症状が出にくい病気
虫歯は、歯がしみる、痛みが出るなど症状があるため、すぐに歯科を受診することが多いことでしょう。一方、歯周病は進行しないとなかなか症状が出にくい病気です。歯茎から出血した、膿みが出た、歯がぐらぐらする、歯の根が見えてきたなどに気づいて初めて、歯科医院を受診することが多いのが現状です。そのような状態になって受診すると、歯を抜かざるを得ないことも少なくありません。
糖尿病の人は歯周病になりやすい
糖尿病と歯周病は一見まったく異なる病気ですが、実は相互関係のあることがわかってきました。糖尿病の人は、そうでない人と比べて、歯周病になりやすいことがわかっています。特に1型糖尿病の方では、上記の侵襲性歯周炎のように、若い方でも歯周病になりやすいと言われています。糖尿病のコントロールが良くない場合や、罹病期間が長い場合には、歯周病の進行が速く、早期に重症化しやすいと言われています。これは、
①歯周病細菌が糖分を好むため、唾液中の糖によって増殖しやすいこと
②抵抗性(免疫力)の低下
③唾液量の低下
④血液の循環が悪いこと
⑤歯肉の血管がもろくなり傷が治りにくいこと
など、様々な理由が関係しています(図2)。
※参考論文
糖尿病と歯周病の相互関係
歯周病は歯周病細菌よる感染症なので、慢性的で軽微な炎症が持続していることになります。そのため、歯周病細菌から毒素が産生され、歯周組織を破壊する一方で、この細菌を攻撃するために、体の中でも炎症性の物質が常に産生されていることになります。
その結果、これらの歯周病細菌や炎症性物質が血液や唾液に混ざって全身をかけめぐることになります。この炎症性物質によりインスリン抵抗性が上がり、血糖コントロールの悪化を導くことがわかっています(図2)。
歯周病は全身に悪影響を及ぼす
さらに、ある種の歯周病細菌が頸動脈や冠状動脈に糊状硬化(血栓)の形成を促し、心筋梗塞や脳梗塞の発症のリスク因子となることもわかってきました。つまり、歯周病は大切な歯を失うばかりでなく、全身にも悪影響を及ぼし、生命をも奪いかねないとても怖い病気なのです。また、歯周病の進行で歯がぐらぐらしたり、歯を失うと食物繊維やミネラルなどの摂取が少なくなり、逆に摂りすぎに注意が必要な炭水化物やコレステロールの摂取が多くなり、栄養バランスがくずれる傾向もあります2)。
2型糖尿病の患者さんで歯周病の治療をすると、インスリン抵抗性が低下し、その結果HbA1cの改善や、さらに炎症の指標になる検査値(高感度CRP値)の低下もみられたという報告もあります。歯周病の治療は、大切な歯を残すことのみならず、糖尿病はもちろんのこと、全身の健康の改善と維持につながることになるのです。
2) 平成16 年国民健康・栄養調査
歯周病の治療
歯周病の治療は、早期発見、早期治療が重要です。炎症がまだ歯肉にとどまっている歯肉炎であれば、ほとんどの場合に正しい歯磨きや歯石除去で治ります。正しい歯の磨き方をぜひ歯科医にご相談ください。しかし、炎症が歯肉を通り越して歯槽骨や歯根膜まで及んでいる歯周炎であれば、歯周ポケット(歯と歯肉の間に出来る溝)の深部まで徹底的に感染源を除去するなど、専門的な治療が必要となります。歯周病の進行の程度によっては外科的な処置をすることもあります。さらに、歯周病の進行程度や全身状態により適応が限られますが、失われた歯周組織を再生する再生手術もできるようになりました。
定期的な検診を受けましょう
歯周病は糖尿病の合併症の一つですから、糖尿病性網膜症や糖尿病性腎症など、他の合併症と同様に定期的に検診を受けることが大切です。現在自覚症状のない方でも、かかりつけの歯科医院で、歯周病の状態を診査・診断してもらって下さい。もしこれから新しく歯科医院を受診される場合には、日本歯周病学会の歯周病専門医3) や、日本糖尿病協会の登録歯科医4) に受診することをお勧めします。それぞれのホームページから、住まいのお近くの専門医や登録歯科医師を調べることができます。
歯周病についての知識や治療方法、さらに糖尿病との相互の関連などは、まだまだ一般に浸透していないのが現状です。糖尿病があれば、歯周病予防も心がけて、症状がなくても年に3回以上、歯科検診を受けることが望ましいとされています。
家庭における歯周病の予防で大事な4つのポイント
①毎食後、正しい歯磨きをし、定期的に歯科検診を受ける
②血糖コントロールを良くする
③たばこを控える
④太らない
私も8歳の時に1型糖尿病と診断され、現在インスリンポンプを使って血糖コントロールを行っています。日々の診療のかたわら、患者さんや医療関係者の方々に歯周病と糖尿病の関係について少しでもご理解を深めていただけるよう奮闘しています。歯周病も糖尿病と同じように日頃の生活習慣で発症する場合がほとんどです。そのため、日頃の口腔ケアがとても大切になります。一生、自分の歯で食べるためにも、血糖コントロールを良好に維持するのと同じように、歯周病を良好に維持することが大切です。そのことが、全身への健康維持に繋がるのです。
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栗原幹直(くりはら みきなお)
徳島大学歯学部卒後、岡山大学歯学部歯周病態学講座入局。2004年広島県三原市に「くりはら歯科医院」を開業。日本歯周病学会歯周病専門医、日本糖尿病協会登録歯科医、1型糖尿病患者専門受け入れ歯科医院。